| オヤジのぼやき |
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2010-01-14 しかも、掲示板に載せた案内の拡大版。 今年こそ、今年こそマメに(せめて月一回くらいは更新するので、勘弁して!) (ちゃんとラグビーの話もするし……) さて、不肖橋本、大の落語好きが昂じて昨年12月に柳家喜多八師匠を迎えて 下北沢で落語会を 開催しが、さらにエスカレート。 チームの人集めも儘ならず、昨秋は松戸、民放と合同チームを組まざるを得ないという体たらくの時にこんなことしてていいのかという気持ちもないわけではないが、そっちもそれなりの手は打つ。打つがとりあえず、新店舗開店のお知らせ。 というか、既に下記の落語会は決定済み。 オーナーだった佐藤久美子。 ラグビーのトークショーを開催したり、音楽ライブもやっていたお店。 GIRLSの選手確保には役立つかもしれない。 というか、それも店開設の狙いの一つ。 勿論、GIRLSの溜まり場にもなってくれれば。 今年もよろしくだ。 寿ファミリーハウスから独立し、甲斐貴之が吉松雄二郎とともに運営することになった。 従前どおりの引き立てをお願いする。 (稲田晴彦は新宿の店のスタッフになる) さあ、今年はGIRLS生誕35周年の年。 前途は多難だが、みんなで盛り上げていこう。 |
| 2009-01-14 久々のボヤキである。 GIRLSは今年で結成34年目(11月で満34歳)。 橋本が24歳でチーム創設に参加してマル33年。オヤジは57歳になった。 昨年、グラウンドに出かけた回数は20回。 一年52週として夏季冬季の活動休止期間を引くと42週、雨で数週は中止になったとしても、活動日の半分程度しかグラウンドに行っていないことになる。 今、グラウンドに常時顔を出している連中のうち最年長が日野の37歳。 一番年が近くも俺とは20歳も離れているのだ。 よくぞ、こんなオヤジと遊んでくれると思うが、肝心の俺の方が足が遠のいている。 足を運ばない日は、仕事の場合もないわけではないが、野球と落語。 大きな声では言えないが、昨年は阪神の応援に18試合、落語会・寄席にはなんと200数十回も通った。他に相撲に歌舞伎、芝居。いかにもやり過ぎだ。 で、今年である。日曜日は少なくともラグビーに空けとくつもりだ。 (といいながら、1月18日か25日、どっちかは早速休むんだが……) 昨秋の試合数は確か9。うち人数が(プレーヤーが)15人以上いたのは3試合あったかどうか。毎年秋は出てくる人数が減るが、ケガ人も多かったこともあり盛り上がらないシーズンだった。 この間、庸介キャプテンが孤軍奮闘、毎週末、必死の電話かけで人を集めてくれた。 庸介がいなかったら、30年続いたGIRLSも夢散していたかもしれない。 今季の活動開始は1月18日(日)。 2月には、4月から始まるクラブ大会のエントリー締切りが迫っている。 はたして今の状態で、若い連中が目標に掲げる2部復帰を実現できるかどうか予断を許さないが、そろそろ馬力をかけなければ。 勿論、俺みたいなポンコツがいくら力んだところで、チームが活性化するわけではないが、春シーズンはなるべくグラウンドに足を運ぶつもりだ。 ちょっと大げさに言うと、庸介と大蔵のチームをGIRLS史上に残るチームにするために、老骨を鞭打ち、チーム体制の強化、マッチメイク、人数集めに、昨年さぼった分まで、砕身努力をするつもりでいる。 「オヤジのボヤキ」の更新にも勤める(毎年言ってるな)。 今季の初試合は、2月1日の松戸との定期戦。 昨年の12月2週に行う予定だった試合だ。寒風ふきすさぶ中での試合になるが、若手もOB諸兄も万障繰り合わせて参集願いたい。 あと3週間ある。そこにOBをどれだけ集められるかが、俺の腕のみせどころ。庸介を盛り上げるために、まず年寄り連中を集める。 2月に入ったら、チームミーティングも開催するつもりだ。 この時節、仕事で大変な奴も少なくなさそうだが、大会には、上原や井手、大蔵が、安田、小宮山、小村たちが強力新人を連れてくると聞いている。 「桜」のお客さんでも数人、新人が入部予定。 古澤が西田を復活させて、菊地だったか同級生も連れて来れば鬼に金棒。 「取らぬ狸の皮算用」にならぬよう、34年目の新・GIRLSを創り上げていきたい。 おれ自身が行くからには、ジャージに身を包み、せめてタッチフットボールくらいには参加するつもりだ。 チームを維持していく以上、優勝とか勝利を目標にするべきなんだろうが、グラウンドに人数が集まれば必然的に盛り上がるし、チーム力もつく。「グラウンドに行けば楽しい」「週に1回、GIRLSに行くのが楽しい」というチームにしよう。 |
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2008-2-15
日曜のラグビーをさぼって9,10,11日と大阪に行ってきた。 (結果的に試合は降雪中止になったが) 目的は上方落語観賞。3日間で延べ29席プラス吉本新喜劇に漫才、漫談、踊り。 正直言ってバテた。んでも行って良かった。 出発は2月9日朝5時(飛行機が6時半発だった)。 最初の目的地は大阪府貝塚市のコスモスシアターで開催される 秋桜寄席。お目当ては笑福亭福笑師、桂あやめ師。 上方落語爆笑系新作派の代表格。 昨年11月末、二人が揃って出る番組があることを知り、 そういえば12月で期限が来るマイルが8000ほどあったなと、 JALのタダ券を予約。落語会のチケットも購入し(これが安い)、決めたのが以下のスケジュール。 9日14時開演 秋桜寄席 福笑、あやめ、鶴二、生喬、たま 同18時30分開演 吉本新喜劇レイトショー 芝居と落語は八方、漫談宮川花子、漫才カフスボタン、 コメディナンバーワン他 10日13時開演 天満天神繁昌亭昼の部 染太、こけ枝、遊方、三象(踊り)、仁福、かい枝(中入り)、 吉次、福郎、鶴笑(パペット落語)、トリが福笑 同18時半開演 神戸元町恋雅亭 右喬、こごろう、八天、文喬、文福、トリが福笑 11日13時開演 天満天神繁昌亭昼の部 石松、染三、坊枝、ビックリツカサ(奇術)、仁扇、 都(中入り)、喬楽、一蝶、レッツゴー長作(漫談)、 トリがあやめ(第1回繁昌亭奨励賞受賞の褒美)。 そしてこの間に飲みが入る。 9日の午前中は奈良の香芝までGIRLSの旧メンバーにかかわりのある人の病気見舞いに行き、 夕方、難波で昨年大阪に戻った石田夫婦と飯(お好み焼き)も食った。元気だった(詳細は掲示板参照)。 当然、夜は反省会という名の飲み会(誰と一緒だったかはノーコメント。一応)。 10日の夕方には神戸中華街で旧正月を祝う獅子とも出くわした。 夜は 仁川(阪神競馬場のある街)で2時まで飲んでいた(これも相手は秘密、ただしこっちは健全)。 11日の午前中は宝塚にある手塚治虫記念館(宝塚)を覗き(これだけが仕事絡み)、 上方落語の「池田の猪買い」で有名な(?)池田市にある落語ミュージアムにも足を運んだ。 欲張った。頑張った。よく歩いた。 (実は7日にも朝一番で大分に出掛け、8日朝帰京。 尤もこっちは親戚に不幸があったからだが) もともと九州出身で西の食い物、言葉、習慣には馴染みがあるし、 大の阪神ファンでもある。 昔から関西の笑いも好きで、かつてはGIRLSで遠征したときなど、 若い連中と新喜劇に行ったりしていた。 当然、それで終わることなく、新世界に繰り出し、一部は近くの飛田新地にも乗り込んだ。 確か、今名古屋在住の山内達幸や若杉クラブでまだラグビーを続けている某竹村なんぞは 飛田で童貞喪失したはずだ(いや、山内は吉原だ。連れて行ったのが俺だから間違いない)。 話が横道にそれたが、かつては枝雀に聞きほれたひとりだし、米朝の本も結構読んでいるんで、 上方落語についての知識はそれなりにあると思っていた。 東京での三枝や春団治の会にも足を運ぶ。 何てったってあの馬鹿高い鶴瓶の「らくだ」にも行った……。 ところがどっこい。 あやめ、福笑が2席ずつ聴ける、今回はそれだけで運がいいと思って 出掛けたら……。 桂かい枝(かけたのは「堪忍袋」)は将来どこまで大きくなるのか、 月亭八天の「星野屋」にあんぐり。 桂こごろう(へっつい盗人)もあなどれない。 笑福亭仁扇の「看護婦中川さん」も笑った。 桂一蝶の「昭和任侠伝」も師匠譲りだそうだがえらいよかった。 そんで驚いたのは露の都師。ある面、喬太郎より面白い 「初天神」に度肝を抜かれた。さすが上方女流第1号。 繁昌亭で入場待ちしているとき、天満宮で古本市をやっていたんで 33年前発行と25年前発行の「上方芸能」を購入。 「上方落語の将来は」という記事が出ていたからだが、 いやいや、そんな心配を吹き飛ばすほどの充実振り。 (まあ、中には東京同様つまらない噺家もいるんだろうが) もっともっと聴かずばなるまい。そうだ、近いうちにGIRLS落語同好会を発足させよう。 そんでもって女の子を集める。これが結構増えているんだ。落語好きの女の子。 で、女の子で部員を吊る。大地、上原、この手で行こう。 4月から大会が始まるが、選手登録の締め切りは27日だが、今年は追加登録が可能らしい。 俺も今週以降、日曜日はラグビー最優先にするが、人集めにも励む。 そんで俺は俺流でGIRLSを盛り上げる。みんなはプレーと合コンで頑張ってほしい。 まだまだ書きたいことがあるんだがまた後日。 |
| 2007-8-16 19日から秋シーズンのスタートする。 秋は9月第2週から、豊島リーグが入る。 二つ目は、安田、小宮山、大柴、小林、飛高ら若手をどんどん試合で使っていこう、だ。 三つ目の申し合わせ事項は……4人は熱心に話しこんでいたのだが、 まあ、56歳の老体のおはこがまた始まったかと思うやつもいるだろうが、何てったってGIRLSはみんなの 最後に。みんな庸介を頼む。奴はうちに10年以上いる。俺の宝物だ。
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| 2007-6-25 大会が終わり、何とか3部に残留できた。 1回戦の百草戦にさえ勝てていたら――。敗者復活戦を31-7で乗り切り、入れ替え戦を回避できたと思ったら、ボイジャーズが棄権し、ひぐらしが28-0での認定勝利。得失点差で4点劣るうちが4部2位のくるみネービーと戦うはめ破目に。 迎えた6月3日。前半24-0とリードし、後半10分を終えて29-7、これでイケると思ったら後半15分過ぎからピタリと足が止まり、持ち味の展開ラグビーを仕掛けてきたくるみにたて続けに3トライを奪われ、あっという間の29-26。 残り時間は12分もあって、これで一巻の終わりかと思いきや、FB上原らバックスリーが大奮闘。3点差を守り切って何とか勝利することができた。 入れ替え戦4カードの裁定についてはあえて触れない。 勝ちを得たことで我等がフィフティーンは意地を見せてくれた。 しかし今年ほどやきもきした試合が続いたのは久し振りだった。 1回戦も勝てた試合だった。攻めているのにツメが甘く点に結びつかない。 何でもない局面でミスし、そこからカウンターで得点を奪われるというパターンの繰り返し。敗者戦は、キャプテン小島の復活で意気上がるうえに、上原、小林の新戦力投入で試合前から今日は大丈夫だろうという雰囲気だったが、いざフタを開けるとレフリーの徹底マーク(?)に合いなかなか点差が開かない。ノーサイド直前、小島が抜け出し、小林がゴールキックを決めたが、結果的にこのゴール分2点が、入れ替え戦で4部1位と当たらないで済む貴重な得点になった。 とにもかくにも初の4部降格は阻止できた。 山口、清水のボールへの喰らいつき、宇田川、上武のラインアウトでのスーパーキャッチ。日野、井手、竹田の体を張ったタックル、不慣れな3番での金子のスクラムに於ける頑張り。みんなよく頑張った(そういえば入れ替え戦での竹田は今大会のベストパフォーマンスだった)。 しかし今回、何より大きかったのは上原佑太、小林貴裕の二人が加入したことでBKに大きな芯ができたという点だろう。小林の切れ味のいいアタック(ときに強引過ぎるケースもあるが)、上原の適確なコーリング、カバーディフェンス、これがFWをどれだけラクにしたことか。 大会終了後もラフィー・カーン(フランカー?)が10年ぶりに来日、17日の練習で早く騒々しいところを見せてくれたし、井手の高校時代 の朋輩、田中大三(フランカー)が新加入。彼はバリバリの関東学院大OB。ルーキー大柴亮太がさらにプロップとフッカーの子を連れてきた。 昨春から加入し、ロートル化する一方だったGIRLSに新しい息吹を与えてくれた安田純也、小宮山貴仁、飛高翔らも来春には堂々たる戦力に育つに違いない。 久し振りにチームが盛り上がってきた。 もっともっと新人を集めなければ。 新しい力が入ることによってチームが活性化する。下は18歳の大柴らから上は今年37歳になる日野まで、毎回グラウンドに30人くらい顔を揃えるようになれば、あれこれ考えなくても結果は出る。 さて、7月1日は松戸倶楽部との定期戦である。前回はOVER35を含めて40人前後の人数が集いながら、久し振りの大敗を喫した(現役戦)。松戸倶楽部との定期戦は25年以上続くGIRLS一番の伝統カードだ。いくらクラブ大会で好成績をあげても松戸倶楽部との定期戦で負けたらもともこもない。 我々は入れ替え戦で、協会裁定に対して意地を見せた。 1日は、チームとしての意地を見せなきゃならん。 それも、大会中、レギュラー陣を支えてくれた連中もすべて投入してでだ。 大会が終わって、マネジメントの不手際で、リザーブ組の出番を作れなかったのは俺の責任だ。とはいえ、残る15人制の試合は松戸戦だけ。1日は、グラウンドに来ている人間を全員出場させる。控え組は自分のいいところをガンガンアピールして欲しいし、レギュラー組は、自分たちを支え続けてくれた控え連中を今度は自分たちがプレー面で徹底サポートして、チームとして最高のパフォーマンスを見せてほしい。 松戸戦が終わると8日にセブンスと納会。 役員改選の時期でもある。俺の個人的意見ではGIRLS在籍して10年になる菊池庸介をキャプテンに推挙したい。本人がどう言おうが、みんな押し上げればヤツも腰を上げてくれるだろう。庸介を老いも若きも全員でサポートするチームというのが、俺の、秋以降のGIRLSのコンセプトなのだが。 |
| 2007-4-11 敗けた。では何を為すべきか。 15-23。この結果をどう分析するべきだろうか。前半20分までは10-0でリード。 FWで圧倒し、BKにいい感じでボールが出て、おっ、ひょっとしたら勝てるんちゃうかと思わせるゲーム運びだった。 ほころんだのは、松村からのBKパス。これをお手玉の挙句、相手にボールを奪われるとリズムが狂い浮き足立ってしまった。 スクラム、ラインアウトで完勝しながら、モールでも何回も押し込みながら、肝心なところのキック処理でミスを犯し、自陣に入りこまれトライを許す。 不用意な反則でのPGも痛かった。 いけるところでいけない。取れるところで取れない。ここぞという時でのミス。 去年から何回、こういうゲームを見てきたことか。 一生懸命やっているのに勝てない。勝ちたい勝ちたいと思っているのに勝てない。 それは何故か。敗因の一番の原因は、古沢が指摘したように「精神力がひ弱」ということに尽きると、俺も思う。あとは「場慣れしていない」ということかな。 勝ちたいという気が強過ぎるのではとも思う。 週に1回集まって活動し、個人トレーニングはせいぜい週1〜2回走っている奴がいるかいないか。その程度のチームな癖に、集まると勝ちたい、勝ちたいと口を揃える。有名大学出も外人も社会人ラグビーの一流どころでの経験者もいないのに、そして酒は飲みタバコも喫うという人間の方が多いチームなのに、口を開くと「3部優勝、2部復帰」とのたもう。 だったら何をすべきか。まず自分のフィットネスを高めること、試合慣れすること、チームの軸になるプレーヤーを獲得すること。そんでもって、試合中にそのプレーヤーに引っ張ってもらってやみくもについていくことだ。 要するに何が言いたいかというと、ここぞという時の局面でアタフタしないで済むような状況を創り出せばいいのだ。相手より走り切れるという自信があれば、少々点を取られようが最後はこっちが勝つという強い意志を持ち続けられる。 テーマをしっかり決めて毎週試合をしていれば(試合経験という財産だけで)ミスは減るし、ミスをしてもそのリカバリーをどうすればいいかが会得できる筈だ。 あえて言うなら戦術は「シンプル イズ ベスト」 3部クラスのチームなら、現在のGIRLSはスクラムとラインアウトは安心できる。問題はそこからのプレーなのだが、タテタテ外という基本をチームとして突きつめるべき。まあ、この点は実際にプレーしている連中の考えに委ねるとして、一番大事なのは(もし来年以降も、上を目指すというのなら)、一年かけて、小島クラスのBIGプレーヤーをスカウトしてくることだ。 正直、8日に、小島がグラウンドに立っていられたらうちは勝っていたと思う。 良いにつけ悪しきつけ、小島のプレーはみんなを奮い立たせる。小島についていけば、前に出られるし、奴の存在でみんながひとつになれる。 そういうプレーヤーが現在、小島しかいないというのが、もうひとつ力を出しきれない理由だ(その小島を社用で来れなくしているのは俺だが)。 来年には、阿部や巧も帰ってくるし、助っ人も連れてくるかもしれない。小宮山や安田、そして期待の新人 大柴と小林(未デビュー)も成長するだろう。 法政のセンターだった上原も研修され終われば、うちに参加する。 来年まで待たなくとも、5月277日の順位戦には、小島も多分出てこれるだろうしラフィ・カーンや上原、安田、小宮山、大柴ら新戦力も揃う。 しかし、その前に今、GIRLSに居る連中が、もっともっと強くならなければ。 フィットネスを高め、試合で鍛えられ、精神力を高めなければ―――。 みんな真面目過ぎる。残された1ヵ月半でいっぱいミスを犯して、それでののしられ、そこでしゅんとなるのではなく、ドンと開き直って、自分の職分をきっちり果たすプレーヤーになるべし。 これは俺がいつも口にすることだが、本来はクラブチームなんて、みんな、昔の財産をどんどんはき出すだけの場だぜ。もともとそんなたいしたものじゃない。 そこで存分なプレーができなくてどうする。少々ミスをしたからといって、試合に負けたからといって萎縮していてどうする。もっとラグビーを楽しもう。もっとグラウンドでワイワイ言って遊ぼう。騒ごう。たくましくなろう。 楽しくなければラグビーじゃないし、楽しくなければGIRLSではない。 そんなわけで、4月22日以降、大会まで極力試合を組む。 5月27日まで、どれだけたくましくなるか、どれだけ強くなれるか、楽しみだ。 |
| 2007-3-2 大会まであと1ヶ月と少し 2月25日(日)、対百草クラブ戦(東電埼玉グラウンド) 今シーズン初めての試合。17−34で負け。お互い12人制30分ハーフの変則試合だったが、小島、古沢、上武、野上らFWの主力が欠けたなか、出場した連中はよく頑張ったと思う。勿論、ミスはいっぱいあった。勝ったならともかくダブルスコアで負けたんだから、本来ならミスのひとつひとつを点検し、課題を洗い出しその対策を講じなきゃならんのだろうが、大会までひと月というこの時期に俺は慌てても仕様がないと思うし、第一、何かやったからといってすべてがクリアになるわけじゃない(そもそもチームリーダーたちの言ってることは毎回同じだし、練習日をいっぱい設けてみても、改善された点がどこにあるのか……)。 俺が25日の試合で一番情けないと思ったのは、相手のキックオフのボールを三度やすやすとボールを相手に奪われたことだ。ラグビーはいかにボールを支配し続けるかというスポーツだ。それなのに、誰がボールを受けに行くか確認もせず、フォローも遅れていてはどうやったって勝てない。松村のボール出しのタイミングが一本調子だったり、日野が二回、三回とノックオンしたり、竹田がインを突いてことごとく敵につかまったりするのは流れのなかのミスだったり、本人やラインのセンスの問題であって、これはそのあとに周りのプレーヤーがどう反応するかで多少なりともカバーできる。しかしFWの前5人がキックオフのボールに反応しないというのは、そしてそれが一度ならず二度、三度と繰り返された点は当事者のみならず、チームとしてのアグレッシブさがどこかに行ってしまうことなわけだから、大いに反省すべき点だと思う。 試合のことについてはこれくらいに止めておこう。俺が25日の試合を「よく頑張った」と書いたのは、「この日のメンバーなりに」という意味だ。去年の大会の出場メンバーのうち、25日の試合に出ていたのは、日野、庸介、朋生、山口、中山5人だけ、リザーブだった金子、弘揮を入れても7人。全員揃っていてもたいした力じゃないのに、レギュラークラスは半分もいないのだ。そんななか控え軍団は、よく頑張っていると思う。当然のことながら、現在、グラウンドに一生懸命顔出してくれている連中全員の底上げが達成できれば、GIRLSはひとつ上に行けるだろうが、そう簡単じゃあない。 で、何を言いたいかと言うと、今は耐えるしかないのだ。大会になれば小島や古沢も何とか都合を合わせてくるだろう。野上や上武、小場、清水、西田、井手らも加われば、体裁はつく。法政のCTB(三本目だけど)の上原や、とんでも外人ラフィー、カーン、小島のチームメートだった前橋や植原ら、計算できる選手たちも3月からゲームに登場し始める。そうなれば、自然にラグビーの質も向上し、多少はイメージするラグビーができるようになる。 我々クラスのチームの強弱は、結局は誰が軸になっているかで決まる。仕事漬けで果たして小島や古沢が走れるかどうか心配だが、少なくとも彼等は核になってくれるし、彼等がグラウンドにいるだけで周りが勢いづく。俺の持論は「クラブチーム(うち程度のという注釈つきだが)が強くなるのは練習ではなく、どんな人間がいるか、どんな雰囲気かで決まる」だ。 確かに秋以降、テーム状況は芳しいとはいえないが、12月の松戸戦にはジジイ連も含めれば40数人が集まる潜在力を持ったチームなのだ。意地でも3月からは少しずつグラウンドにいる数をふやして、活気を取り戻したい。そのためには何が何でも人を集めることだ。 幸い、今年の大会は出場登録枠が撤廃された。そういうわけで登録人数だけでも賑やかにしようということで、OVER35の柚原、郡司、竹川、工藤なんかも大会メンバーに加えた。いざとなったら彼等もグラウンドに引っ張り出すつもりだ。小宮山や安田らの後輩もどんどん入ってくると聞いている。俺も人集めに奔走する。だから諸君も声をかけまくってほしい。 正直、今年は1回戦さえ勝てばいい。それよりも人を集め、ガンガン好きなことを言いあって、ガンガン飲んで、楽しいチームにしたい。グラウンドに行くことが楽しいと思わせることができたら、放っといても人は集まる。そうすればチームは勝手に強くなる。 若杉に負けようが、ドンキーズに負けようが、ガッデムズに負けようが、大会1回戦だけは何が何でも勝つ。勝つメンバーでその日だけは試合をする。 とにかく楽しもう。声を出そう。人を誘おう。グラウンドに集まろう。 |
| 2007-1-10 あけおめ GIRLSの最初の活動日は、俺の記憶に間違いなければ、昭和50年(1975年)12月第1週の日曜日。 今年が平成19年(2007年)。ということは、GIRLSは満31歳。 今年は32年目のシーズンを迎えたことになる。 「よく続いているよな〜」―――それが実感だ。と同時に「何とか、このままチームが存続してほしい」という願いもある。 去年2月の30周年記念パーティーで一応代表の座を降り、隠居の立場になったつもりだったが、やはり日曜日になると虫がうずく。今度の日曜日(14日)は、正月ボケでたまってしまった仕事も片づけなければならないし、みんなの練習には付き合うには寒過ぎる(俺の場合、練習はせいぜいタックルフットくらいしか加わらないので、みんながA&Dなど始めると、体が冷えるのだ)のでパスするが、今年も極力、グラウンドに顔を出すようにしたい(ノルマは月2回以上〜。できれば3回)。 それに今年はOVER35の本格稼動という大命題がある。去年の12月10日、松戸戦には、竹川、大城、柚原、上武、郷原、佐野豊、大内、山内達、金田、 日野、金子浩、そして橋本と12人の有資格者が顔を揃えた。34歳の工藤、山口ら予備軍に、この日、松戸で出場した難波や、郡司、仙田、青木、粕川、 矢内、魚住ら30周年パーティー時の年寄り試合出場組も含めれば十分、メンバーは組める。 何なら、松戸のOVER35、ボンバーズと合同で活動するという手もある。 今年こそ、今年こそ、本当に今年こそ、月最低1回のゲーム日は確保したい。 若手もこのところ新人がふえている。 庸介の後輩が春から3〜4人入ってくるそうだし(18歳のピチピチだ!)、安田、小宮山の大学生コンビの仲間もゴソッと入ってくる話も聞いた。 12月には佐々木、小場、宇田川が久々に顔を出し、副島がフル参加宣言。小野田も元気な姿を見せてくれた。そう、12月9日にはオジンプレーヤーも含め、 41名のプレーヤーが集結したのだ。これにさらに新人が加われば―――。 石田夫婦が大阪に戻ることになるのは淋しいが、GIRLSに再び活気が戻ってきた気がする。俺の持論だが、グラウンドに集まる人間がふえれば、自然とチームは強くなる。これに小島や松村の理論が加われば、チームとしての力がつく。 正直、現在のGIRLSは一部、二部で戦う実力はないと思うだのが、今年、みんなで盛り上げていくことによって、プラスαの力がきっと引き出せる筈だ。 32年目の春。今年は結構期待が持てそうだ。 あと4年。還暦を迎えるまでは、橋本はグラウンドに出る。 いやがられようが、お荷物扱いされようが、グラウンドに向かう。 みんな! みんなでいいチームにしよう。よろしく頼む。 |
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2006-11-29
面白くなってきた。 |
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2006-11-08 橋本龍兒からの提案 10月26日は、GIRLSにとって二つの記念日になった。 |
| 2006-08-16 大内正幸、通称ガメラのオヤジさんの通夜に行ってきた。 粕川正和と小田原の駅で待ち合わせをしていたら、魚住ボンサンが降りてきた。 一面識もないオヤジさんの葬儀に、1時間半かけてかけつけてくれたのだ。 (粕川は、事前に来ることがわかっていた)ありがたいことだ。 久々に「義理がけのGIRLS」に出会った気がした。 そういえば、以前は、祝い事、弔い事の動員に命を賭けていた。 結婚式の披露宴はともかく、二次会に、GIRLSメンバーの集まりが悪いと機嫌が悪かった。 メンバーの家族に不幸があると、通夜、告別式のいずれかには顔を出せと檄を飛ばした。 俺が40代前半の頃迄のGIRLSはとにかく元気が良かった、人も集まっていた。 肝心のラグビーは、出たとこ勝負で、ハーフタイムにビールをかっこむ人間もいるようなチームだったが、毎週2試合というスケジュールにみんな平気で対応していた。 ときには16,7人で2試合という日もあったが、文句は出なかった。 というか、当時のGIRLSは、顔を出すだけで楽しかったのだろう。 とにかくよく飲んだし、ラグビー以外でもよく集まっていた。女のコに手を出すのも早かった。ある意味、ファミリーだった。 何てたって、毎月最低一回、A3裏表に多いときは16〜24ページにもなる、汚い字と写真(コピー)でぎっしり埋まった新聞さえ発行していた。合宿もあれば、遠征もやっていた。 おそらく当時は年間50試合はやっていたと思う。試合があれば人は集まる。うまくて体力のある者は2試合ぶっ通しが当たり前、年寄りや初心者は30分1本というのが不文律で、メンバーを発表するとブツブツ言いながらもみんな従っていた。 何しろみんなが見ているからヘタは打てない。山内や青木はそれでラグビーを覚えたといっていい。 いつも賑やかだったから、新しい人間は勝手にいじくられ、自然に仲間に入れた。勿論、俺も気をまわした。ラグビーが下手くそなヤツには、プレー以外の部分で役割を振った。 大内ガメラ正幸もその一人。生き方も不器用でラグビーもそれ以上に不器用だったが、彼はGIRLS通信編集長として、当時のGIRLSに欠かせない人間だった。 誰もがガメラを愛した。ケチャップやマヨネーズなどを全身にぶちまけるだけの宴会芸も一世を風靡し、他チームの人間からも愛された。 思えば、GIRLS30年のうちの中間10年くらいの彼の貢献度は、間違いなくトップ5に入るだろう。 そいつのオヤジが亡くなったのだ。 かつてのGIRLSであれば、たちまち20人や30人は集合しただろう。 クラブチームにとって大事なのは、プレー、グラウンド上のことだけではない。 いかに、チームをひとつにできるか、ふだんからメンバー同士が密な関係でいられるか、ファミリーであるかどうかが、存続、発展のカギになる。 かつて、俺が「義理がけ」に対して、何よりも一生懸命だったのは、「オマエがいてチームがある、チームがあるからオマエがある」という意識をみんなに共有させたかったからだ。 今回、粕川や魚住が顔を出してくれて、本当に嬉しかった。そして反省もした。 彼等からすれば、当たり前だったのかもしれない。 「反省」した理由は、俺自身が、かつての俺ではなくなっていたからであり、「嬉しかった」のは、そういう時代のGIRLSの「風」に久々に接し、GIRLSの今後に俺が何をしなければならないかに気づいたからだ。 大人しくしていてはいけない。文句を言い続けるジジであるべきだ。 GIRLSが30年続けてこれたのは、かつて在籍していた(今も別に離れてしまったとは思っていない)大勢の仲間たちがいるからだ。 OVER35の連中を召集するのと同時に、クラブチーム橋本流、GIRLS流はこうあるべきだと言い続けようと思う。 もちろん、現在のチームを仕切っているのは稲田であり、小島以下のスタッフだが、くれぐれも末端の人間(下手クソや年寄り)、GIRLSにたまにしか顔を出せないヤツ、気持ちが切れかかっているヤツ、新人につねに目を光らせ、彼らを真のGIRLS人間にすべく、あらゆる努力を払ってほしい。 どれだけ、GIRLS命という人間をつくれるか、それを肝に銘じてほしい。 今回、大内ガメラのオヤジさんの訃報を、掲示板にのっけたが、残念ながら、そのことに若手の誰からもコメントがなかった。 30周年パーティーに大内は来ていたが、現役とは面識がないのだから仕様がないのだろうが。 オヤジさんを亡くした大先輩に対して、ひとこと「お悔やみ申し上げます」と書き込むヤツがいなかったのは、ちょっと淋しかった。 くれぐれも、今、GIRLSがあるのは先輩たちが築いてくれたものがあるからだということは忘れないでほしい。 方法論には口は出さないが、とにかくいいチームにしてほしい。 とりとめのない文章になったが、まあそういうことだ。よろしく。 |
| 2006年7月13日 あっという間の7月である。明日が納会。何人集まるのだろうか。 結局、今季の目標だった二部昇格を果たせず、春シーズンを終える。 その原因は何だったのだろうか。 ひとつには、充分な戦力が補強できなかった点があげられる。平井が抜けたあとのハーフ。阿部ちゃんも頑張ったが、いかんせん自信がなさ過ぎた。 金子巧がオーストラリアへ旅立ってからのBKラインももの足りなかった。 GIRLS史上最強の両プロップ(古沢、西田)を擁しながら、モール、ラックで正確さを欠いたFW陣。そして何よりも局面を変えられるキーマンの不在。 タクローの後輩たちが間に合わなかったツケは大きかった。 それでも新加盟したサンデーリーグ、大会の序盤の試合では、何とか総合力でカバーできたが(相手が弱かっただけ?)、入れ替え戦では、弱点がすべてさらけ出て敗退した。 相手が立てうる対策をすべて立てて臨んだのに対し、我が方は、修正すべき点に気づいていたのか、それとも自分たちの力を過信していたのか、受けて立って敗れた。 正直、うちみたいなチームがステップアップするためには、必要な戦力を引っこ抜いてくるしかない。勿論、生タックルやFW、BKが一体となったモール、ラックの練習が功を奏さないわけではない。それはそれで全体のレベルアップに繋がるが、週1回の活動では限界がある。 クラブチームは、役者がどう揃うか、それでそのチームの可能性が決まるといっても過言ではない。 秋シーズンから、松村がプレーできるようになって、チームにひとつの芯がうまれるのかもしれないが、本気で二部昇格、そして更にその上のステップを目指すには、キーになれる選手がもう2枚や3枚は欲しい。 そうでなくても、金子巧や阿部ちゃんがオーストラリアに行ってしまって、25歳以下のプレーヤーが宇田川、井手、西田、タクローくらいしかいなくなった。 9日の松戸戦の先発メンバーは、金子浩、山口、上武、日野、甲斐貴、竹田、清水と30歳以上が実に7人を数えた。 キーマンどころか、放っとくとこのままではチームは年寄りばかりになる。 この1年が勝負どころだ。 本気で人集めにかからないと、そして新しく入った選手が、公式戦だけに顔を出す助っ人ではなく、チームの中心選手に育ってくれないと、GIRLSに明日はない。 タクローの後輩の提供軍団をはじめ、少しでもルートがあるならば、声をかけて人を集めないと、それで、常時30人くらいがグラウンドに顔を出すようなチームでなければ、本当の意味での競争は生まれないし、Aチームとして出るために、練習しよう、上手になろうという気迫も生まれない。 そのためには、稲田をトップとする運営スタッフは、今以上に周囲に目を光らせマッチメイク、グラウンド確保、集金、他チームとの交流に注力しないと。 さて、その運営スタッフだが、14日の納会で発表があるという。 正直、無役の橋本が口を出すことではないが、今年の30周年パーティーの席上で俺は、稲田を後継者に指名した。 GIRLSの、最高責任者は稲田である。今大会のゲームに於いて、交代入替えの責任者は稲田が務めた。つまり、稲田はその試合に於ける監督である。チームの代表者であり、監督となれば、絶対権力者だ。つまるところ、現在のGIRLSは稲田が差し配しているのである。 キャプテン、バイスといえども、それは肝に銘じておいてほしい。 稲田は走れなくなったにもかかわらず、グラウンドに顔を出す以外にも、協会の行事、豊島区、サンデーリーグの会合に顔を出し、何かと口をはさむ橋本をコントロールしながら、みんなのために裏方作業を一手に引き受けて頑張ってくれている。残念ながら俺からすれば、人柄が穏やかな分、打つ手が一歩遅い気がしないではないが、本来、GIRLSは、稲田が右と言えば右、左と言えば左のチームなのだ。 このキャプテン、バイスの任免権も稲田が持っているということを忘れてはならない。 大会に於いては、稲田が変えると言えば変えるのであり、替えないと言えば替えないのだ。当然のことながら、グラウンドに於ける全権はキャプテンにあるが、そのキャプテンにプレー中の全権を与えているのは、GIRLSでは稲田である。 俺は、30年、チームを預かった者として、かつ、俺流のチーム運営をしてきたからこそ、現在のGIRLSがあると自負している者として、稲田はもっと大胆に、もっと積極的にチーム運営に当たってもらいたいと思っているが、そのためには、メンバー諸君の協力が今以上に必要だ。 いずれいにせよ、来年の大会まで1年ある。稲田と新任されるキャプテン、バイスのもと、とにかく人をかき集め、そしてガンガンメンバー間でののしり合い、少しずつステップアップしていってほしい。 そのために、稲田代表がもっともっと口出しをして、いろんな手を打ってほしい。おそらく、チームの弱点については、改めて俺が言わなくても、一人ひとり、よおくわかっている筈だ。ひとつ前に出よう。踏み出そう。人を集めよう。走ろう。正確なプレーをしよう。そして稲田と新キャプテン、バイスを盛り立てよう。 GIRLSにはもっともtっと走ってもらわなきゃ、つまらん! |
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2006年6月6日 もともと、達成感とか、向上心とか、物欲とかはガキの頃からないほうで、日々面白おかしく暮らせていればそれでいいタイプなのだが、肝心の楽しもうという気が若い時分に較べて失われつつある。要するにマメさで保っていた男がマメじゃなくなってきているのだ。これは脅威だ。 ここぞというときの気迫に欠ける。このまま齢をとっていくのだろうか。 人生でいちばん肝心な、オネエチャンでさえ、この状態なのだから、ボヤキを更新しようという気にもなかなかなれないのだ。 確かにこの数ヶ月、無茶苦茶に忙しかったが、仕事を終えたあとの30分、煮詰まったときの気分転換の30分、起きぬけの30分がつくれないわけがないのだ。 どこか体が悪いわけでもない(一時、180迄いった血圧は最近平常値に近づきつつあるし、乳酸値は相変わらず8.0以上あるが、痛風は出ていない。前立腺に少し異常があるが、医者からは薬をのみなさいと言われているだけだ。腰も重いがひどい症状ではない。何てったって体重8kgほど減った)。 このまま、老いていくのかしらん。 救いは、小さいながら、一応役には立っているということくらいか。 そういうわけで、これからもなかなか更新できないかもしれないが、長い目で見てほしい。一応、本人は社会復帰をかねて、かつてのマメオくんを取り戻そうという気にはなっているのでヨロシクだ。 そのためにも、11日の入れ替え戦は、ぜひとも勝ってほしい。GIRLSは、これで橋本のいちばんの回春剤だ。若い連中が元気なところを見せてくれると、ジジイもちょっと元気になった気になるのだ。本当の話である。 |
| 2006年 01月26日 久々に書き込みをする。理由は───。 3月11日(土)にGIRLS結成30周年パーティーを開催するからだ。 なにしろ、うちは出入りの激しいチームだ。準備のっために5年前の平成13年2月11日の25周年パーティーで配った記念誌を開いてみたのだが、昨今のゲームのレギュラー連中の名前がほとんど見当たらないのだ。 というわけで、それ以降に入部した連中はどんなパーティーをやるのか知らないので、期日まであと50日を切ったというのに、盛り上がる気配がない。 橋本がひとりで騒いでいると思っている奴はまだましで、パーティーを開催することすら知らない人間も結構いそうだ。 むしろ自分のところのメンバーよりも周りのチームの人たちが、「どうなってるの?」「いつやるの?」と心配してくれる。 これまでGIRLSの記念パーティーは13回忌(12周年)、15周年、20周年、25周年の都合4回。今回が5回目になる。 簡単にいうと、GIRLSの記念パーティーは同窓会である。今回も昭和50年の創立時のメンバー(今回も米沢寿一初代部長<当時は代表のことをこう言った>)が駆けつけてくれることになっているし、山口県宇部市在住の、GIRLS中興の祖ともいうべき寺西直康氏(二代目主将)も、「久々に大暴れする!」と宣言されている。 なんてったって、國學院栃木や明治大学でならした小島英紀現主将が生まれる前からGIRLSは活動しているのだ(正確には飲んだくれていたという表現のほうが当たっている)。 今でこそ、GIRLSなのに女子マネージャーがひとりもいないが、昔は多いとときは10人くらいのネエチャンたちがいた。不倫騒動もあったり、何組も兄弟ができたりと、それはもう賑やかだったのが、今はオバチャンたちになった女性軍も集合の予定だ。 おそらく半年以上、GIRLSに在籍した人たちは延べ人数で400人近いのではないだろうか。そのうち消息が分かっているのは150人前後だが。30年という節目の会でもあり、せめてその半分は集めたい。 北は北海道から南は九州、熊本、長崎までOB、OGは散らばっている。そういえばタイにいる人間もいる。不思議と鬼籍に入った人間は、知っている限りいないが、それぞれの時代に事件があり珍エピソードがあり、涙がある。 道路交通法の影響で、試合後、飲む人間は減ったが、必ずグラウンドの近くの飲み屋を探してワイワイやる習慣も歴代のメンバーが受け継いだことだ。 三部落ちしたといはいえ、第1回大会から連続出場を続けている東京でたった3つしかないクラブでいられるのも、歴代の方々が頑張ってきてくれたからだ。 おそらく、当日は、顔を見たことがない方がいっぱい来る。 ある意味、30年の唯一の生き残りである橋本龍兒と、OB、OG諸氏との同窓会みたいなものだが、一方で現役諸君の協力、頑張りがなければ、会も成立しないし、看板も続かないわけで、ここはひとつ、年寄りのワガママにつきあってほしい。 動員目標は150人だ。内訳は現役50人、OB、OG70人(実績・応援団含む)、仲良しチームの方々30人だ。集められない数字ではない。 今回のパーティーでは、OVER 35チームの正式立ち上げと、昨年秋から一緒に行動を供にしているポアロクラブとの合併を披露したいと考えている。 同時に、初参加のサンデーリーグ(パーティー開催時には既にリーグ戦はスタートしているが)クラブ大会の決起集会としたい。 普段、メンバーが着用しているジャージも、30周年仕様に一新する(公式戦ジャージも新調する)。 なんでそんな面倒なことをと、疑問に思う人間もいるかもしれないが、ここはひとつ、橋本龍兒の、30年間、時代は違えどグラウンドで苦楽を共にした仲間と喜びを分かちあいたいという、願いにつきあってほしい。 OB、OGの存在なくしては、現在のGIRLSもありえないのだ。相当の出費にはなるが、なんとか成功させたいのでヨロシク頼む。 橋本もこのところなかなか多忙で、「オヤジのボヤキ」も昨年の6月以来更新していないままだったが、あと50日に迫った30周年パーティーに向けて、少なくとも週1回は、準備状況の報告と、思うところを書きこむことにする。 メンバー及び、OB、OGへの案内は、1月末に発送の予定だ。 次の土曜、27日に、ファミリーハウスに集まって新ジャージのデザイン決定と式次第の検討、案内状の宛名書きをしようと思っている。 体があいている人は是非参加してほしい。3時集合である。 今回は裸のパフォーマンスはやるつもりはない(ただやっぱり魚住トーサンのお椀茶碗は見たい気がするが)が、。出席者全員が関わるプログラムがないか、今、試行錯誤中だ。いつものように年代別記念撮影やトークタイムは用意するがつもりだがいいアイデアがあったら、提案してほしい。 ポアロクラブとの合併披露も、うまい方法があったら教えてほしい。 会費徴収、記念誌への原稿・写真の提出にも協力を! OB、OG諸氏は、古いメンバーの消息がわかったらぜひ教えてほしい。 30周年記念パーティーは動き出した。やるっきゃない。 |
| 9月26日 昭和50年暮に結成してから、そろそろ満30年になる。 橋本は社会人一年目。旺文社雑誌局中一時代課勤務のピッカピカの一年生編集者。 第一回練習(集合)日に集まったのは6人。東伏見の早大米式蹴球部のグランドだった。 初めの試合は、翌春の合宿最終日。土浦一高のラグビー部OBを中心としたよくわからんチームが相手。 橋本は後半、14番(WTB)で試合に出た。24歳だった。橋本は既に54歳。 58kgだった体重は85kgになった(最高92kgまでいったのだが、ここ2ヶ月で痩せたが、39cmだった首回りは48cmのまま)。 会社を辞めて今の会社(寿ファミリーハウス)をつくり、結婚して子供もできた(その子ももう20歳になった)。 毎週日曜日、グランドに行くのが日課だった。 最近は年に数回に過ぎないが、おそらくGIRLSのジャージを着て試合に出た回数は、全在籍部員のなかでいちばん多い筈だ。 トライも殆んどしたこともないし、たまにボールに触るとノックオン。ゲームで貢献したことはまずないが、なんとかそれでも30年続けてきた。 ラジカセ大王の初代監督、近藤氏。口より先に拳が飛んできた寺西氏。その後見人の原口氏。小さい体で何故かロックだった和田氏。名マネージャーだった新井氏。体は大きいのにまったく押せなかった山口氏。広島カープの応援歌を年中歌っていた中垣氏。バーロッチの宇野氏。いっぱい女子マネを食った河野氏(彼に続く者が歴代必ず一人以上いたのに、現在は女子マネそのものがいない。時の流れを感じるなあ)。いまだに橋本にお中元、お歳暮を贈ってくれる伊東氏・・・・・・とにかく初期メンバーは多士彩々。個性派揃いだった。 池コロソゾ尚直、藤高マサコー一志、粕川オウチャク正和、梅沢サッポロ茂和、長友トビ泰美、矢内ハシレ香幸、魚住オワンチャワン保仁、川上オスシ公一郎、薄井セプター智明、金沢カントク哲也、石田キョコン久士、浜田ボンボン大志、大内ガメラ正幸、山内コピー達幸、大城ツマミグイ信之、青木モウシマセン英一、三井マッチョ洋、田中イイダ英明、斉藤テイキョウ敦哉・・・・・・創部10〜20年目を支えてくれた連中も、思えばオカシナ奴ばかりだった。 手許に、創部25周年史がある。それに拠れば、クラブ大会に一度でも出場したことのある人間が212名。大会が始まる以前に在籍し、名前の記録が残っている者が142名。創部から30年。大変な数の人間がGIRLSに参加したことになる。 田邑、西田、古沢、国塩、野上、吉松、小中、菅原、井手、大沢、磯田、平井、宇田川、甲斐桂、佐々木、水流、高田、竹田(4年前復帰)、吉田、鮫島・・・・・・今年の大会メンバーで入部5年目未満の者が実に20人もいる。 こうしてあげていくと、一度でもGIRLSに足を踏み入れた人間は女子マネも入れると500〜600人にものぼることになる。何てったって名前が残っているだけで、400人以上いるのだ! 中には名前と顔が結びつかない者もいるが、少なくとも名前が残っている以上は、その全員と橋本は一度は酒をくみ交わしているわけだ。えらいこっちゃ。 初代(創立メンバー)もっとも年配者は、初代部長の米沢寿一氏。JAL(当時はJAS)のパイロットを永年務めた方で、現在もお目にかかるたびに「寄付するよ」と言ってくれるのだが、そのヨネさんが橋本の大学の7期上で、二浪されている筈だから8歳年上。もう62歳か。今、最年少は確か宇田川の21歳だから41も違うのか。橋本も54歳なのだから、よくつき合ってきた方だよな。 しかし、こうやってみんなの名前を書き連ねると、本当にいろいろな思い出がよみがえる。新宿騒乱事件もあったし、西日暮里悲走事件もあった。ソレイタ激怒事件もあったし、ああ、俺も若かった。 長くなったが、こうして綿々と書いているのは、ある決意があるからだ。 今年の6月、春の納会の席上で、出席した連中には「引退宣言」を行った。 秋シーズンからの新キャプテン、小島英紀は現在、我が社の社員だ。 新チーム代表兼マネージャーの稲田晴彦も社員。タコ焼串揚げ「桜」のスタッフ、甲斐貴之、吉松雄二郎も同様である。イヤでも情報は入ってくる。この橋本の性格からして、どんなに引退宣言をしようが、運営に口出ししたり、グランドにも月に2回程度は顔を出すだろうが、こういう時こそ、引き際だろう。実際、秋からのマッチメイクは、橋本は一切タッチしていない。選手起用に関してもすべて現役の手に委ねることにした。監督を無理矢理押しつけた古沢寿彦がうまくまとめてくれるだろう。 お陰様で大勢のOBの奮闘によって、GIRLSは東京ではちょっとは知られたチームになった。一時期の低迷を脱して、ようやくイイ線行きそうなチームになってきた。いつまでたっても橋本のチームじゃ笑われる。30年培ってきた財産はある。 新生GIRLSに乞う、ご期待だ! 追伸 引退は、プレーヤー兼運営責行者からの引退である。当然のことながらこれからはOVER35、40の連中に声をかけ、OLD GIRLSを本格的に組織化し、せめて月1回のゲームを組み、楽しんでいきたいと思う。 そして来年2月、30周年記念遠征(福岡)を行い、かつ3月に、30周年記念パーティーを開催する。その実行委員会顧問(委員長は青木英一)はやる。そういうわけでヨロシク。もちろんこのオヤジのボヤキも月1〜2回は更新するつもりだ。 |
| 6月10日 阪神が調子いい。百貨店のことではない。ましてや工場地帯のことでもない。 岡田彰布監督率いる阪神タイガースのことだ。 お陰様で今日も勝てそうだ。これから9回の表、阪神の攻撃に入るのだが、今のところ3-0。勝つと勝率で中日を上回り一位に復帰する。 残る交流戦は絶不調の日本ハムともうひとつ調子のあがらない西武の2カードを残すだけなので、ひょっとするとこのまま突っ走るかもしれない。 先発投手陣はピリッとしないが、救援陣がいい。打線もクリーンアップを中心に打つべきところで打っている。何よりも一番不安のタネだった監督采配が去年に較べてまともだ。相変わらず覇気が伝わってこない鳥谷も守備は随分進歩した。 これで井川が復調し、スペンサーに当たりが出てくれば鬼に金棒だ。 今日、三番手キャッチャー浅井が結果を出したし、浜ちゃんもここぞというときに打ってくれる。桧山をどうして使いたがるのか、それだけが不可解だがまあ良しとしよう。矢野もようやく得点圏でヒットが出るようになった。 三東ももうすぐ一軍に上がってくるだろうし、喜田や赤松、的場なども二軍で一軍の代打陣といつ取って代わってもいいくらい好調なバッティングを保っている。 問題はリーグ戦再開後の緒戦で苦手中日と当たることだが、それさえ乗り切れば波に乗るような気がしてきた。 0学占星術では橋本は今年、最悪ということになっているのだがそんな悪い年じゃないのかもしれない。もしかしててっきり18年後にしか実現しないと思っていた優勝が現実のものになるかもしれない。そ、そんなことが本当に起きたら・・・・・・少くとも去年の阪神と今年のチームは鳥谷以外気迫が違う。もしかしてもしかしてもしかしたらどうしよう!? えっ、なに、阪神なんてどうでもいいって! そうか、そうだった。GIRLSは12日、3部との入替戦を戦わなければならんのだった。相手はダセワか。そりゃあ勝ってほしい。 というか、六甲イースト戦、パーソンズ戦のようなゲームができれば、負ける筈がない。何人かレギュラーが欠けるが、GIRLSは今年の二月までのチームとは違う。結束力もある。勝利への執念もある。 阪神に分けてやりたいくらいだ。 普段通りのゲームをやればいい。勝ってはいてもどこか不安な阪神とは違う。迷将岡田ではなく名将橋本が仕切っているチームだ。何とか勝利して暮れに開催予定の30周年パーティーに華を添えよう。 54歳のバースデープレゼントをまだもらっていない。諸君、ヨロシクだ。 |
| 4月27日 第14回大会のパンフレットが手許にある。庸介や弘揮が高校を出たばかりの年。 この年、GIRLSは曼荼羅、どろんこ、多摩、高麗、グリーントータス、百草、三鷹オールカマーとともに1部で戦っている。 残念ながらリーグ戦で3連敗し、この翌年から長い2部暮らしが始まるのだが(前年は堂々1部4位。3位決定戦に勝っていれば東日本大会に出場していた!)、メンバー表を見て驚く。1列はおそらく柚原、鹿島、内記。ロックが石田と郡司。3列は竹内智、隆志(20歳)、高松。HBは坂根、浜田。CTBは工藤、甲斐(ター坊)。WTBが加藤、尾崎。FBが竹川というところか。他にレギュラーで出てそうなのは、FWで長友、青木あたり。BKで関谷、富岡(トミー)、梅沢といったところか。 このうち、今年の大会で登録メンバーに入っているのはター坊だけ。柚原、青木、隆志、浜田くらいか、最近のメンバーが認知しているのは。 様変わりにも驚くが、正直、このメンバーで1部を戦えたという事実にもっと驚く。 いくら浜田やター坊、隆志らがピチピチしていたとはいえ、目立つのはボールを持つと必ずゴールまで運んでくれた尾崎くらいで、あとは重さの内記と、石田の姑息なプレーが印象に残る程度。高さもパワーも華麗なステップにも縁がなかった。 きっと気合は入っていたんだろう(どういうわけか、この頃のGIRLSは大会になると普段の2倍3倍も元気になっていた)。大惨敗したという記憶はない。 考えられるのは、クラブ大会全体のレベルが低かったのではないかという点だ。 当時、1部は曼荼羅が圧倒的な力を誇り、それ以外はどんぐりの背くらべ。 この年の準優勝は多摩だが、数年前に社会人あがりを補強して急速に力をつけた多摩とは中身が違う(実は多摩はこのあと、一度2部落ちしている)。グリーントータスや百草にいたっては今や3部だ。三鷹オールカマーはこの年、2部からの昇格組。 うちのレベルも低かったが、まわりも大したことがなかったのだろう。 曼荼羅が全国を制覇し、三鷹オールカマーや多摩クラブがどんどん力をつけていったのは翌年、1999年あたりからだ。社会人の第一線を退いた連中を引っ張り、彼等を軸になることで相対的にチーム力があがり、練習量もふやそうという気分になり、強くなって楽しいから堂々と後輩を誘える。 最近、力をつけてきたチームはたいがいがこのパターンだ。 17日に戦った六甲イーストも同様のケースだ。こちらはそもそも兄貴分(六甲クラブ/兵庫)が全国第1位のチームだ。神戸製鋼やワールドなどのOBがゴロゴロいる。彼等をしたって若い連中もどんどん門をたたく。その弟分なのだから、本来は2部に低迷していることがおかしいチームなのだ。 去年、1回戦でビアーズにやられ、残留戦には勝ち、3部落ちこそまぬがれたものの相当の危機意識があったのだろう。もともとは六甲クラブの東京転勤組で結成したチームなのだが、1部復活をかけて、今回の大会はメンバー確保に全力を傾けたのだろう。 GIRLS史上最強FWを自負して今大会に臨んだ筈が、六甲イーストの石嶋ひとりに粉砕されてしまった。関東学院大や青山学院大、帝京大のOBがズラリと並ぶ六甲の15人は、それぞれがボールをしっかりキープし、ちょっとしたミスを見逃さなかった。自信があった筈のモールもことごとく割られた。全員がボールがどこにあるか冷静に反応し、確実に起点をつくって展開していた。 7-45というスコアは、今のGIRLSの力では大善戦の方だ。 井手が。日野が。菅原が。BKは今まで見たこともない強烈なタックルを再三決めた。古沢と宇田川、上武のラインアウトワークも満点だった。 しかし、それでも大敗を喫した。上には上があるものだ。 というより、雑草軍団の限界を痛感した試合でもあった。 第14回大会(1998年)から7年。GIRLSもメンバー的には一巡した。 そして入ってきたのは、ゴッツイ奴ら。古沢、小島、西田の第一列はクラブレベルではどこにも負けないと思っていたが、相手は上を行っていた。1部を目指すという重みを改めて思い知らされた。仮に、パーソンズ、富士クラブを撃破し、運良く決勝トーナメントに進出できて、さらに入替え戦で1部4位チームに勝つと、1部昇格ということにはなるが、そうなると、来年以降は、毎試合相手が六甲イースト並になる。これはこれで大変なことだ。 24日の練習で田邑、磯田のスクラム特訓をして呆然とした。田邑は西田や控えの金子、大沢が、また磯田は上武や水流、宇田川らが来れないと試合に出てもらわなければならない選手だ。チームを本気で強くするなら、彼等をしぼりあげて、1部で渡り合えるレベルに引き上げなければならないのだ。その上で、今年中には何とかネットワークを駆使して、大補強を敢行しなければならない。全員のフィットネスも高めなければならない。せめて週2〜3回は走りこまないと。 7年前と違って、1部を戦い抜くということはメチャクチャ大変になっているのだ。 ともあれ、第2戦のパーソンズ戦は、5月8日。あと10日後に迫っている。 六甲イースト戦で最後の最後にとったトライのあの感触を忘れないようにしよう。 ひたむきなタックルを80分間続けよう。 ひとり一人、立ってプレーすることを心がけよう。ボールを簡単に放さないようにしよう。スクラムをひたすら押しこもう。さすれば、勝利の女神は微笑んでくれる。 2005年、古沢GIRLSは大変なことにチャレンジしようとしているのだ。 5月8日の戦いを、GIRLS30年の歴史の新しい一頁を飾る試合にしよう。 我々の目標は、どんなに高い山が立ちはだかっていようと1部に上がることだから。 それにしても昔は良かった。 |
| 3月25日 昨日、チーフミーティングを行った。 集まったのは古沢キャプテンに、甲斐貴、小島の両バイス、稲田、上武、西田、橋本、そして何故か中山。そういえば雄二郎も居た。 高円寺「桜」の斜め向かい、「一期一会」で焼酎をあおりながらの激論が夜更けまで続いた。一時過ぎ、古沢、西田、上武、中山、甲斐貴、小島の6人はさらに何処かへ消えた。議題は勿論、大会。戦術とメンバー編成について意見の摺り合わせをする筈だったのだが、結構、なじりあい、不満のぶつけあいになり、その場に居合わせた人間としては不謹慎な言い方かもしれないが、いいガス抜きになった気もする。中途半端になあなあで済ますよりは、腹にたまったものはどんどん吐き出したほうがいい。 まあ、BKがひとりだけで、FWの集中攻撃に遭い、甲斐が若干可哀想だったが。 さて、今年のチームについて、私見を述べる。 GIRLSはことし、圧倒的なパワーを誇る第一列を前面に押し出し、徹底したFW戦を仕掛けることは既に全員の了解事項になっている。それで何とかなりそうなのは、ガッテムズ戦、ダセワ戦で実証済みでもある。が、しかし、それが本当にうまく回転するのか、フタを開けてみないとわからないというのが、今年の一番の弱点ではないだろうか。理由はいくつかある。効率的に陣地を稼げるキックを持つSOの不在、戦況判断能力に著しく課題を残すSH陣、ポロポロ癖が直らないBKライン。せっかくボールが出ても、すぐに詰められてしまうアタックライン。こうしてあげていくと、問題はほとんどBKにあるように見えるが、実はそうではない。 一番足りないのは謂ゆるベストメンバーでの実戦経験ではないだろうか。 古沢、小島、西田、甲斐桂、水流、野上、そして宇田川、この7人がFWに名前を連らねれば、問題なくセットプレーは支配できる。スクラムを徹底して押し、宇田川がラインアウトのボールを奪りまくれば、BKの少々のミスなど、全然気にしないでGIRLSペースの試合運びはできる筈だ。 幸い、ハーフに平井が起用できることになった。スタンドはタクローか甲斐貴。平井はまさに10人ラグビー向きのSHだし(本職はフランカーだが)、タクローと甲斐ならキックでFWを前へ出すこともゲームを切ることも期待できる。少々、BKがボールを落としそうだが、スペースが詰まるだろうが、相手FWはいつしか息絶えだえになり、甲斐桂、水流、宇多川らのリカバーでミスを最小限に食い止めることもできる。 問題はむしろアタックだ。 2月27日のガッテムズ戦は、そこそこうまく回った。スクラム勝負で完勝し、珍しく雄二郎もソツなくこなしたことで、サイド攻撃も上手くいった。何より、FWが頑張ったことで、BKが引っ張られ、後半20分過ぎからディフェンスが目に見えて良くなったのが光った。大会におけるうちの勝ちパターンがあるとしたらこれだろう。 13日のダセワ戦。こちらも勝ち(40分1本だけだが)はした。 しかし、チグハグだった。古沢や西田は、これだけ押しているのに何でゲインされるんだという思いが強かったろう。正直、この日のBKの出来は悪かったが、実はFWの連繋もイマイチだった。ガッテムズ戦にはいなかった宇田川、野上、甲斐桂が加わり、パワーはさらにアップしたはずだったが(事実、スクラムはめくりまくっていた)何をしたいのか、どう攻めるのかというコンセンサスが感じられなかった。 FWとBKもそうだし、FW同士でもそうだった。何かチグハグだった。個人プレーだけは光っていたが、野上のサイド突破への反応がなぜか遅かったし、モール、ラックでも形はできているように見えるのに思う通りのコントロールができていなかった。そしてBKにボールが回ると、お得意のノックオンが出たり、パスミスが・・・・・・。 相手スクラムのダイレクトフッキングに、ハーフ、フランカーがしっかり反応しないため、押しまくっているのに回されてしまう。それでますますディフェンスラインが分断される。優勢にに試合を進めているのに、ボール支配率は6:4でダセワが上回っていた不思議な試合だった。 原因はなぜか。突きつめていえば、コミュニケーションが取れていないということになるのだろうが、野上はこの日がGIRLS二戦目。宇田川は今シーズン初登場。甲斐桂も二週に一回とか三週に一回とかしか顔を見せない。今年、GIRLSが目指そうとしているFWでゴリゴリ行くラグビーは、2部の上位チーム相手では、揃う人間がきちんと揃わないとなかなか実現は難しい。 古沢、小島(金子)、西田が押し、甲斐桂、水流が走り回り、野上が突破、宇田川が快速特急で走りこめば、ワクワクするようなFW戦を演じてくれるに違いない。ただひとつだけ心配なのが、大会想定メンバーで、大会前にゲームができないという点だ。古沢は3日が研修でチームを留守にせざるを得ない。平井は、27日と10日は顔を出せるが、3日は仕事。甲斐桂はクビに縄をつけてでも引っ張ってくるが、おそらくベストメンバーでのゲームは、大会初日(17日)がぶっつけ本番。 あと残された日は3日間だけ。甲斐貴、小島の両バイスの負担は大きくなるだろうが、とにかくできることをやるしかない。 この際、ののしり合いだろうが取っ組み合いだろうが、FWとBK、FW同士、BK同士でとことん話し合い、ゲームと練習でコンセンサスをはかるしかない。勿論、現時点でレギュラーが決まっているのは古沢主将唯ひとり。全員が「俺が出る」という決意で貴重な3日間、貴重な3週間をうまく使ってほしい。戦う前はどんなに罵倒し合ってもいい。徹底的に自分のハラの中をさらけ出そう。そして大会当日は、チームがひとつになろう。控え選手もサポーターも女子マネージャー(いないけど!)も一丸になって、勝利に向けて突き進もう。 古沢寿彦を男にするために、これからの3週間がある。 小島英紀と甲斐貴之をスーパーヒーローにするために、俺たちはやる! 古沢GIRLSで歴史の新しい一頁を刻もう!! |
| 3月11日 大会まであと一月。盛り上がっているかい? ところで明日、12日は組み合わせ発表会兼キャプテン会議だ。 2部決勝まで行けば、なんと5試合、長丁場である。はたして対応できるのか? 現役の連中はそれなりに燃えているようだが、そしてこのとど様も今年は結構期待しているのだが、毎年のことなので、例え結果が出せなくても悲しみのあまり一月は仕事が手に就かないということはないと思う。 そうだ、頑張るのは俺じゃない。プレイヤーなのだ。ひょっとしたらひょっとして一部なんかに上がってくれたりしたら、30周年記念行事を派手にするだけだ。 一部のチームの監督、そして代表、ちょっとカッコいいかもしれん。 こんなことを書いていると、とど様は気がふれたのではないかと、このホームページを読んでいるあまたのクラブ関係者は思うだろうが、少なくとも普段の我々のチームの試合っぷりをご存知の方なら、その見解は間違っていない。 何てったてGIRLSは、弱体豊島リーグでさえ連戦連敗なのだ。 だいたい、GIRLSが二部にいることがクラブ業界七不思議のひとつなのだ。 間違って二年ほど一部にいたこともあるが、その頃でさえ、いつもは弱かった。当然のことながら長続きはしなかった。というより二部にいること自体、間違ってないのかと思う業界関係者のほうが圧倒的に多いに違いない。 どういうわけか、GIRLSは大会では一勝だけはしてしまうのだ(そういえば、一昨年はベスト4になったけど、そのときは神様がくしゃみしたのだろう)。ほんでもって大体ニ会戦ではコロリと負ける。それでも一勝はしているので、堂々の二部チームなのだ。ようするに運だけはいいのだ。 何てったって、過去、高麗、若杉、多摩、パーソンズ、スーパーマン、武蔵野ラガーズといった、あっという間に下からかけ上がってきて上に行ってしまった(落ちてきたチームもいるが)チームとは不思議と一回戦で当たらないのだ。 富士クラブ、六甲イーストなど、明らかにうちより格上のチームとも当たらない。 ここ数年、3月の抽選会で我々は二部残留を確信できた。ここ数年の一回戦の対戦相手はひぐらし(ここは二年連続で引き当てた)、グリーントータス(現在は4部)、ぜんかいビアーズ(ここも!)、我々はつねに恵まれた。頑張れば何とか勝てそうなチームばっかりをクジで引き当てた。ブッロク運も良かった。 二回戦はいい。我々は大それたことは考えない習慣が身についている。16チームから12チームに減るという大試練を前にしても、我々は勝ってしまったが、そのあとは予定通り負けた(実は二回戦の開始5分、鮮やかな先制トライを決めた瞬間、「ウソ!一部に行けるかもしれん」とスゴい錯覚をしたのは自分です)。 自分で言うのも何だが、クラブ大会のクジ運はいい(だけはいいと言ったほうがいいかもしれん。Aクンのように宝くじで100万円を3回も当てたこともないし、子どもの頃の駄菓子屋のひも引きクジに始まって、クジでいい目をしたというのはついぞない!)。 GIRLSがここしばらく、二部に留まっていられるのは、ひとえに小生、とど様のゴールデンアームのおかげといってもおかしくはない。 少しくらい威張ったって、エラそうにしたって、プレーではまったく役に立たなくたって、桜の勘定で少々ケチくさいことを言ったって、許されるくらいの貢献はしていると、実は思っている(人間、何か、取柄はあるのだ!)。 し、しかし! 気がついたら今年はリーグ戦。大変だ! クジじゃない・・・・・・。 とど様の神通力は使えない。実力で勝負するしかないのだ。どうしよう・・・・・・。 ひょっとしたら大会実行委員会は、いつまでもいつまでも弱体GIRLSが二部にいることに業を煮やし、ゴールデンアームの介在を排除すべく、試合数が多くなることの大変さを覚悟してまで、リーグ戦への転換を指示したのではないだろうか。 最愛なるメンバー諸君、心配しなくていい! 例え、12日にどんなに厳しい対戦相手を振り当てられようと、 そして、リーグ戦で3戦全敗を喫したとしても、血迷ってローデムの土手を大文字焼きをやったりはしない。電車の中で女子学生いに抱きついたりもしない。きちんと受け止める。せいぜい30周年記念行事がちょっと地味になるくらいだ。 何てったって、今年はクジじゃないのだ。もう今頃は、クラブ委員会の大先生たちは、こことここはこうなって、ここが勝ち上がって、ここが一部に昇格し、GIRLSはようやく三部に落っこちやがるなどとほくそえんでいるに違いない。 古沢クン、仕様がない。今年は正直に、GIRLSの力をお見せしよう。 大会は勝ち負けじゃない、参加することに意義があるなんて言っちゃったりして・・・・・・ たまるか! とど様だって、人生に一度くらい胴上げされてみたい。 おじ様が「将来は高校ジャパン」と言われた16歳のときがとど様にもあった。 その年、とど様は人生で初めて、体育で4を貰い(どういうわけか、サッカーの時間に偶然ボールと足が出会ってゴールを決めた!小学5年からずっと2だったのにだ!)、スポーツに参加することの喜びを知ったが「まさか53歳(多分、その時は54歳)でスポーツ絡みで自分の体が宙に舞うことになろうとは」なんて言ってみたい。 万がイチ、GIRLSが、今年優勝したら、その日、桜はタダにする。 それでヤル気になるとは思わんが、せめてひとつは勝ちたい。二つ勝ち、三つ勝ち・・・・・・五つ勝って「えっ!GIRLSが一部!」なんてことになって、東京クラブラグビー事情がますます不可思議なものに、なったらおもしろいのだが・・・・・・。 |
| 3月1日 27日、ガッデムズ戦は快心の勝利だった。 試合前のふいんきはイマイチ。人がなかなか集まらない。そもそもキャプテンが来ない。 結局戦闘要員は助っ人の佑太(法大二年)を入れて16人。 せっかく先々週のくるみ戦でいいゲームをしたのに今週はまた下降線をたどってしまうのか。 そんな思いで迎えたキックオフ。 いきなりペナルティ、しかも連続、キックで戻されあっさりとトライを許す。 仕切り直しかと思いきや今度はノーホイッスルトライ。 相変わらずBKの動きが緩慢だ。意図が伝わらない。どういうつもりで相手ボールを追っているのか、どういうつもりでリターンしようとしているのか、SOをフリーにしているフランカーも悪いが、ひとつひとつのプレーに、BK連中の集中力が感じられない。 幸い、古沢、金子、西田の強力一列のプッシュと、ここ何週間か取り組んだモールの威力が攻を奏し、FW戦では圧倒、15分迄には12-12と追いついたのだが、そこからまたいつものGIRLSが顔を出す。 ノックオンは仕様がない。パスミスもある意味仕様がない。 問題はそのあとだ。どうして自分のミスをリカバーしようとしないのか。 「あっ、やっちまった」とそこでプレーを止める(止めている気はないのだろうが、ハタから見れば止まってしまうように見える)。 苦しいと、メクラパスを放る。何が何でもボールをキープしようという気迫がない。プレーの正確さを求めているわけではない。必要なのは唯ひとつ。集中力だ。我々の試合前、今季一部で戦うスーパーマンと若杉クラブの試合を見た。 どこが違うか。ミスはやはりクラブの一部チーム程度だ、ちょこちょこある。 GIRLSと違うのは、それを全員でカバーしよう、自分のミスは自分で取り戻そう、味方のミスは俺がカバーしてやるというひとりひとりの気迫だ。 そんなに達者なやつがいるわけではない。古沢や西田のような絶対的なフロントローがいるわけでもない。WTBのスピードだって庸介と変わりはしない。 しかし彼等には、必死でボールを繋ごう、接点のひとつひとつで絶対相手に勝ってやろうというひたむきさがある。 結果的に、ガッデムズ戦は後半30分に同点に追いつき、その後足のとまったガッデムズディフェンスの網をかいくぐり、BK陣がいいトライを2つ決めて、46-36と収めることができた。 後半、風上に立ったこと、古沢の檄がみんなの荒らぶる魂を突き動かしたこと、そして何よりもFWj陣のドライビングモール、スクラムが相手にボディブローを与え続けたことが、勝利の要因だろうが、後半中端からのディフェンスも光った。やればできるのである。 自分が何をやらなければならないかを、毎試合胸に刻みこめ。 今季は、桂一郎と水流、野上が戦列に加わり、ひょっとすれば佐藤司(帝京大)という大エースまで引っ張ってこれる可能性がある。そうすると、宇田川という飛び道具が生きる。史上最強のFWが完成するかもしれない。 しかしながら、どんなに役者が揃ったところで、チームがチームとして機能しなければ、強豪相手には勝てない。試合に出ている全員が、そして彼等を支えるサポート軍団が、「勝つ」ためには自分がどうあるべきかをきちんと理解し、そしてそれがしっかり機能するチームでなければならない。 いよいよあと一ヶ月! 小中の言うように試合中は禁煙だ(当たり前なのだが)。そして週1回でも2回でも走ろう、体を動かそう。27日は大沢が40分×2を走り抜いたことに感動した。雄二郎も入部以来ベストのパフォーマンスをみせてくれた(まだまだだが)。トモオと清水と竹田のタックルも炸裂した。上武が意地を見せた。さあ3月、スターになるのは誰か? そろそろ宇田川も出てくるに違いない。田邑と磯田にも大いに期待したい。 GIRLSは強い。40×2、気を抜かなければ勝てる。 思いっきりやろう! |
| 1月14日 新年である! 1月16日から春シーズンが始まる。 はたして今年はGIRKSにとってどんな年になるのだろうか。 古沢を男にできるのだろうか、小島は泣くのか、ター坊は満面の笑みを浮かべることができるのだろうか。 GIRLSは今年30歳。 橋本が大学を卒業して1年目、暇を持て余しているとき、チーム結成の話は持ちあがった。 当時は早稲田全盛時代、ラグビー人気がグングン上昇していた頃だ。 景気自体はけっしていい時期ではなかったが、社会人の間に余暇の有効利用という発想がようやく芽生えかけていた時代でもあり、あちこちでクラブチームが誕生していたそんな折、GIRLSは早稲田大学東伏見グラウンドでひっそりと産声をあげた。 1975年11月、初練習に参加したのは僅か6人だった。 その前の週、創立決起集会に集まった人数は50人以上いた。 その場に集結していた40数人は何処に行ってしまったのか。 翌春、茨城県土浦市で初合宿を行った。 参加者は16人。 二泊三日だったかしらん。 最終日、試合らしきものを土浦一高OBチーム(ラグビー部のOBチームではない)と行った。 橋本は唯一一人のリザーブだった。 後半試合には出たが、昔から本当に下手だった。 そしてその16番目の男が未だに居座っているのだからおかしな話だ。 30年間でトライを何個しただろう。 間違っても2ケタはいっていない。 そもそも若いときから走っていないし、ボールに絡まない。 それよりも何よりも不器用でパスが捕れないのがトライが少ない最大の原因だ。 しかもチーム結成後、3年くらいはWTBだったのだからみっともない話だ。 歴代のメンバーは、橋本がトライしたシーンよりは、そのパスさえちゃんと捕球できたらトライだったのにというシーンの方を多分いっぱい見ている筈だ。 極めて珍しいトライチャンスをレフリーがつぶしたケースも一回ある。 忘れもしない江戸川第二グラウンド(正しくは北小岩運動場)で、まともなレフリーが確保できなくて仙田将史(通称センコー)にやらせたら、モールを押しこんで橋本がしっかりおさえていたにも拘わらず、「橋本がトライする筈がない」と相手ボールのスクラムを宣告したのだ。 10年くらい前の話だ。 (そういえば、2004年最後の試合で、味方の腰が背中を直撃、あと10cmでトライという最高のシーンをフイにしたこともあったっけ。なあ、井手!) そんな橋本が30年もチームに居続けているのだからおかしな話だ。 この秋は4〜5試合、出た。 自分でいうのも変だが若いときよりノックオンが減った気がする。 走らないのは相変わらず(これも変だな)だが、いいとこどりができるようになったように思える。 メンバーが入れ替わって間違って橋本にパスする人間がふえたのかもしれんし、橋本が出るときは勝ったの負けたが問われる試合ではないため、たまには放ってやるかと、回してくれるのかもしれんが、1試合に一度でもボールに絡むと気分がいい。 たまにタックルにいったりすると、ほめられる。 それが嬉しい。 ちゃんとプレーしている人間は、自分が思っている通りに体が動かなくなると第一線を退くことを考える、 そうでなくとも家族や仕事の事情で足が遠のくことがある。 ところが橋本はハナからレベル外なので、限界がない。 そもそも「仕様がないオヤジだな」くらいにしか思われていないので、居ようが居まいが体勢に影響はない。 だから居られる。 仕事も一応は社長なので「ラグビー優先」で済ませられる。 家族も日曜日はラグビーで居ないものだと思っているから、グラウンドに足を運ぶのに何ら支障はない。 まったく困ったオヤジだ。 かくして橋本はGIRLSに居ついてしまっている。 30年の間に何人の人間がGIRLSに在籍しただろう。 一年以上GIRLSでプレーした人間は400人を超える。 入れ替わりの激しいチームだ。 現在のメンバーで部暦10年以上というのは青木、粕川、山内、佐野豊、郡司、長友、仙田、竹川、大城(昨年一回以上グラウンドにやってきた人間に限る)と、橋本を加えても10人しかいない。 平均月2回以上の出席率というと橋本と青木のみ。 だいたい5年周期で主力がそっくり入れ替わってきた。 橋本がきちっとOVER35チームを型にしていれば、もっと多くの人間が今もせめて月1回程度、ラグビーにいそしんでいるのだろうが、自分がエラそうにしたいから、若い連中に遊んでもらっているほうが楽しいからか、毎年、「今年こそ!」と宣言しながら、未だ稼働していないため、多くの人材を失っている気がする。 はたして、今後は!? 橋本も54歳になる。 あと2〜3年はグラウンド通いをしていられると思うが、これが60歳を過ぎるとどうなるのだろうか。 20代、30代の連中とネエちゃんの話ができるか? ワイワイ飲んでられるか? タッチジャッジができるだろうか。 大昔、「クラブチームはかくあるべき」とか何とか言って、あちこちで大言壮語していた時代もあった。 A3裏表全8〜16ページのオール手書きの新聞(GIRLS通信)を毎月発行していた時期もあった。 何よりももっと酒も飲んでいたし、ネエチャンにもいけていた。 歳をとったもんだ。 そりゃ大学を出て30年、チームをつくってからも30年経つのだ。 そろそろチンチンがいかれてもおかしくない世代なのだから。 ありがたいことだと思う。 よくぞこの我が儘オヤジを面倒みてくれていると思う。 はてさて、今季は有力新人が3〜4人入ってくるらしい。 昨年暮れ、ようやく光が見えてきた「古沢組」は、この春、どんな戦いを見せてくれるのだろう。 願わくば、橋本がグラウンドに通えているあと数年の間に、グラウンドで胴上げされてみたい。 まあ、今でも十分に素敵な経験、時間を与えてくれているのだから、 もう少し謙虚にならなきゃいかんのだろうが、野郎ども、実現できるなら実現してくれ。 今年も楽しくやろう! 年初のボヤキならぬお願いである。 |